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カンボジアについて

カンボジア

カンボジア国旗正式名称はカンボジア王国といい、立憲君主制国家である。インドシナ半島に位置し、東はベトナム、西はタイ、北はラオスと国境を接し、南は南シナ海に面する。首都はプノンペン。気候は、熱帯モンスーン気候に属し、6月から10月が雨季、11月から5月が乾季とされる。面積は18.1万平方キロメートル(日本の約半分)、人口は約1467万人。その90%をカンボジア人(クメール人)が占め、そのほかに3%のチャム人をはじめとした少数民族が存在する。言語はカンボジア語。カンボジア人のほとんどが仏教を、チャム人などはイスラム教を信仰している。

カンボジアの歴史

9~13世紀にかけては現在のアンコール遺跡地方を拠点にインドシナ半島の大部分を支配するが、その後はタイヤベトナムの攻撃を受け、衰退。1884年にはフランス保護領カンボジア王国となり、第二次世界大戦後の1953年にカンボジア王国としてフランスから独立した。

しかし、1970年、ロン・ノルら反中親米派がクーデターによりシハヌーク政権打倒、王制を廃してクメール共和国を樹立すると、親中共産勢力クメール・ルージュとの間で内戦が勃発。さらに、ベトナム軍の侵攻、親ベトナムのプノンペン政権擁立とともに、クメール・ルージュ、王党(シハヌーク)派、共和(ソン・サン)派による民主カンボジア三派連合が反旗を翻し、内戦が続く。

1991年にようやくパリ和平協定がなり、1993年に国連カンボジア暫定統治機構監視下で制憲議会選挙が行われるにいたって、新憲法で王制が復活。民主主義国家としての道を歩み始めた。

現在のカンボジアと今後の課題

カンボジアの風景1999年、ASEAN10カ国に最後の国として加盟。2012年にはASEAN議長国となり、民主党・野田政権時に首相、外務大臣、アメリカ合衆国のオバマ大統領がカンボジアを訪問した。

1人あたりGDPは933ドル(2012年)、過去10年間の平均経済成長率は約7.8%。輸出は年間約51億ドル(2012年)で、最大の輸出品は縫製品。輸入は年間約69億ドル(2012年)で、主に織物、石油製品、車両など。

内戦やそこで起きた大量虐殺によって40歳以上の人口比率が極めて低く、平均年齢が22.6歳と若い。しかし、家庭環境を理由に進学率が低く、大学進学率はわずかに数%にとどまり、小学校を最後まで通えない子どもも少なくない。

また、労働人口の6割が農業に従事しているにもかかわらず、農業がGDPに占める割合は3割にしかすぎない。

したがって、人材育成、産業の効率化など、今後取り組むべき課題も少なくない。

そのビジネス環境

すでに日本企業の進出も相次いでおり、プノンペンの経済特区にはデンソー、ロート製薬、味の素、ミネベアなどをはじめとする日系企業37社が進出(2014年3月現在)、うち28社が稼働している。2014年6月には、プノンペンに、イオンが出資するショッピングモールも完成予定だ。

労働者の賃金が上昇している中国やベトナム、タイから一部の生産拠点を移す場として注目を集め、タイとの国境地帯に工業団地を開発する機運が高まるなど、カンボジア国内の投資環境が整うにつれ、労働集約型の産業を中心に各国の企業を呼び込みつつある。

製造業ばかりでなく、農業の生産性や農作物の付加価値の向上、医療、教育関連といった分野においても、ビジネス・チャンスは多い。


2. カンボジアの工業団地 >>


掲載日:2014.5.15
参考資料:日本貿易振興機構の資料より作成
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